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Friday, November 14, 2008

大佛次郎「風船」を読む 07 大佛次郎の豪華な精神と都築正隆の高尚な虚飾

音楽・バレエ・サーカスなどの研究と評論で知られた蘆原英了(1907-1981)が、大佛次郎の死後に書いて発表した「リュックスな精神」と題された文章で、かれが感銘を受けた大佛次郎の魅力について語っている。

その文章の前置きとして、外国に出て行く日本人は、«自分の名前をいったり、肩書きを見せたりしてからでなく、ただその姿を見せたばかりで、あの人は偉い人なのだなと思わせるような風貌を持っている必要がある» と自説を掲げ、«日本では肉体的条件のことを、とかくあげつらうことを嫌う習慣があるが、イギリスなどではエリットたるべき条件のうちには、肉体的にもすぐれていることが必要とされている» と補足説明を加えている。そこから展開して、大佛次郎とその作品の魅力を次のとおりに述べる。

[... ] 兼々思っていたことであるが、大佛氏は身の丈もあり、風貌も立派で、何処においても、あれは何かする人であろうと誰でもが思うであろうと言うことである。例えばパリのホテルのロビーにおける大佛氏を見かけたことはないが、そういう場合、あの人は日本におけるエリットであろうと必ず信じたであろうと思われる。
 これは大佛氏の作品についても思われる。ここでは戯曲についてだけ言うことになるが、大佛氏の作品にはその風貌に見るような、立派さがあるというふうに思う。何というか、豪華な精神、リュックスな精神があるように思われる。そしてここに大佛氏の魅力の一つがあるのではあるまいか。[... ]
 それはスマートな精神とか颯爽たる精神とかいってもいい。他の人は知らず、私はそういう大佛氏を高く買うし、好きである。
 [... ](大佛次郎戯曲全集 全一巻 付録月報 5/'77 朝日新聞社)

大佛次郎の作品の主人公は、性別に関わりなく、正々堂々としていて物怖じせず、誰を相手にしても卑屈にもならなければ尊大にもならず、克己心が強く他人に優しい人物が多い。時代小説の場合、敵役でさえ、そういう人物として描かれていることが珍しくないのだ! 鞍馬天狗に出てくる近藤勇がその典型で、もう敵か味方か判然としない。こういう登場人物たちは、作者である大佛次郎の分身として造形されたのだろうか。

高橋英樹は、1969年にNHKの連続ドラマ『鞍馬天狗』の主役に選ばれて、その役作りを思案しているときに、大佛次郎と親しく話していて、「あっ、鞍馬天狗は大佛先生なんだ。大佛先生を演じればいいんだ」と気がついたそうだ。

たしかに、大佛次郎は自分の容姿・風貌の立派さをよく知っていた人だと思う。かれは、小説家として成功するまでは演劇人を目指していたのだ。のちに、ほんとうに戯曲を書き、演出も手がけ、演劇の領域でも成功を収めるようになったけれど、若いころには、自分の顔を鏡に映しながら化粧して俳優として舞台に立つことも経験したから、ふつうの人たちよりは、自分の姿かたちを客観的に捉えることができたはずだ。また、作家になるまでの学歴・職歴からいって、蘆原英了の言う «エリット»(élite)として遇されることが多かったのは当然だ。

しかし、不遇の時代もあったし、貧乏暮らしを続けなければならない時期もあった。貴公子然とした外見とそぐわない実質のなさを痛感したこともあったのではないか。だから、肉体的にすぐれている人物が優秀で尊敬されるべき人物であるということを、かれ自身の経験に鑑みて、疑わしく思っていたのではないだろうか。

「風船」に登場する都築正隆は、パリ、上海、シンガポール、香港と、いろいろな都市を渡り歩いて、戦時中は軍の特務機関に深く関与したらしい。経歴とか、言動などを見ると、正隆は「帰郷」の主人公、守屋恭吾のパロディのように感じられる。大佛次郎にとって、守屋恭吾が理想であり手本となるような人物だとしたら、正隆は、その轍を踏まぬように絶えず自らを戒めなければならない見本のような人物だ。«為になろうがなるまいが、批評だけを下す癖»(『日本文学全集 42 大佛次郎集』新潮社、昭和37年/1962年 p.460)を発揮して、ついつい、しゃべらなくてよいことまでしゃべってしまう。サルトルやヴァレリーや、そのほかもろもろの思想で生身の自分を粉飾して、«物のまわりに虹をかけて見せるだけ» と、長年のパートナーだったミキ子に喝破され、«なまのほん物は、別のものなのよ。あたし、信用しないな»(上掲書 p.579)と突き放される。

大佛次郎が、こういう道化じみて惨めな役どころを、よりによって自分によく似た容姿・風貌の正隆に与えたということは、自分だって場合によっては正隆のようなことをしていたかも知れない、という反省があったからなのではないか。大佛の想像力は、元日本画家の実業家である春樹の思考と行動よりも、正隆のそれらのほうに、より深く到達している。そのために、この小説は、川島雄三が考えたような父と娘の物語では終わらず、知性と教養のあるおとなが読んで、いろいろな解釈を楽しめる味わいのある作品となったのである。


(↓最近撮った写真 ここから見られます。)
http://www.flickr.com/photos/goodfeeling/

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